ブロードウェイミュージカル「シカゴ」
20周年記念ジャパン・ツアー

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【新聞掲載】7月17日のニューヨークタイムズに #ミュージカルシカゴ #宝塚歌劇OGバージョン の記事が掲載されました!

ブロードウェイミュージカル「シカゴ」宝塚歌劇OGバージョンのニューヨーク公演がNY現地時間20時に開幕します!世界最高峰の舞台芸術の祭典「リンカーン・センター・フェスティバル」に招かれたことにより実現したNY公演は、現地でも大きな期待が寄せられています。そしてNY公演開幕を前に、先日の横浜公演にて取材を行ったニューヨークタイムズの記事が7月17日に掲載されました!下記のリンクよりWeb版をご覧いただけますが、翻訳をこちらのブログにて掲載させていただきますので、ぜひご覧ください。
http://www.nytimes.com/2016/07/17/theater/from-japan-a-chicago-you-probably-havent-seen.html
The New York Times
芸術&レジャー欄 2016年7月17日

“この『シカゴ』は見たことがないだろう”

日本の歌劇団が女性のみのキャストでニューヨークに
文:Jonathan Soble (日本、横浜より)

東京の中心街。ある劇場の前に行くと、来る日も来る日も路上に溢れんばかりの大勢の女性が集まっているのが見られる。お揃いの色のTシャツを着たり、同色のスカーフを巻いたりして整然と列をなしているのだ。これこそが日本のエンターテインメント界で最も熱狂的で忠実といわれるファンのユニフォームなのである。
その彼女たちが一目見ようとしているスター達もまた女性であり、創立102周年を迎える宝塚歌劇団の男女両方の役を演じる女優達である。この永続的な成功をおさめてきた歌劇団が7月20日〜24日、リンカーン・センター・フェスティバルで性別にひねりを加えたブロードウェイミュージカルを上演する。
宝塚版『シカゴ』では、艶かしく官能的なヴェルマとロキシーも、自身に満ちたビリーも、不運な寝取られ亭主のエイモスも、女性が演じる。台詞は日本語で語られるものの、最近行われた横浜での舞台稽古を見たところ、ボブ・フォッシーがヴォードヴィルにインスピレーションを受けて舞台化し、ブロードウェイで20年にわたってロングランしている作品に忠実な演出も、俳優達の振る舞いも、米国のものだ。
日本の特別な現象ともいえる宝塚は滅多に海外公演を行わない。
1914年、経営難に陥った大阪郊外の温泉地になんとか乗客を惹き付けたい鉄道会社が十代の歌手やダンサーを少数ながら集め、プールを改装したステージで上演したのがこけら落としである。一世紀経った現在では、東京や本拠地関西の自社劇場で5組に構成された団員が年間900もの公演を上演しているのだが、その殆どが完売する人気ぶりだ。
日本では、性別の境を越えた装い、あるいはどちらかの性別のみの俳優による舞台芸術の歴史は深い。今年のリンカーン・センター・フェスティバルでフィーチャーされる別の公演に観世流の能もあるが、能はシェイクスピアよりも長い伝統を持つ様式化された荘重な芝居で、演じ手は男性に限定されている。そして能に対して近代に端を発する歌舞伎 — 躍動感溢れる能の遠い親戚ともいえる芸能だが — 先鞭をつけたのは、女性ばかりの一座だったのだ。それが17世紀に風紀を乱すとの理由で上演禁止の憂き目に合い、現代では歌舞伎俳優も男性に限定されている。
表面だけを見ると、宝塚はまるで日本の伝統芸能に対する芸術的抵抗と捉えることもできる。宝塚の試金石はモダンであり西洋的だった — パリジャンがこよなく愛するキャバレー、ラジオシティのレビューやバラエティショー、そして60年代からはブロードウェイのスタイルも反映させている。鉄道会社の創始者でもある宝塚の創設者は、一般大衆がこの歌劇団を当時主流だった女性が芸を娯楽として提供する芸者衆や売春などの風俗と混同されるのを恐れ、一線を画すために、伴奏を担うオケに日本古来の楽器が入ることを禁じたとのことだ。
だが同時に、宝塚がこれ以上はない位、日本的であるのも事実だ。その修練は厳格で、著しい階層組織であり、指名された『トップスター』を筆頭に序列がある。規律も厳しく、それは私生活にも及ぶ。在団中の結婚は許されず、20代後半は30代で退団する者も多い。最も人気を博したスター達は退団後、演劇界主流の舞台作品やコンサートでの歌唱などへと移行して更なるキャリアを築いていく。
「ファンの皆様にオムツを換えている姿を想像させる訳にはいきません。」と道徳を超越した弁護士ビリーを演じる宝塚出身のベテラン女優、峰さを理氏は結婚禁止令を説明する。
宝塚で女性が男性役を演じることは、常識からの逸脱や、社会に対する抵抗を目的としているというよりは、別次元の現実逃避ができる場を与えている。峰氏は舞台上でも、そうでなくても、「夢を売る妖精であることが団員の務め。」だと言う。「生活の臭いがしてはいけない。」と。
彼女を含む『シカゴ』のキャスト全員が宝塚「OG」— 引退した元メンバーで、幅広いジャンルで活躍し、時折、特別興行のために古巣に戻って出演するOld Girl — なのである。峰氏のビリーは向こう見ずで快活、弁舌巧みであり、女性ばかりの訴訟依頼人達に関心を持っているかの様でもあるが、峰氏によると、舞台作品で男性を演じるのは、他の演技と何ら変わらないのだそうだ。
「メイクをしているうちに男へと変っていきます。」話を伺ったのは登場する何分か前だったのだが、劇場ロビーの背なしソファに脚を広げて腿に肘を当てながら語ってくれた。「衣装を着た段階で既にビリーになっています。」と。
フラッパー全盛時代のラズルダズル(幻惑)でもある『シカゴ』はまた、宝塚の演目よりも道徳的にもダークで風刺に富んでいる。歌劇団では、高潔で勇敢なヒーローと清純な乙女を主軸にしたひたむきなストーリーが主流で、逆転した性別の配役で男女を描くが、表現にアイロニーはない。
「宝塚は輝いていて魅惑的。それに対して『シカゴ』はブラックです。」と誘惑する元ヴォードヴィル出身の殺人者、ヴェルマを演じる和央ようか氏は語る。(映画版でキャサリン・ゼタ=ジョーンズがオスカーを獲得した役である)「普段絶対に言わないような台詞。謙虚さをいったん脇に置いて、この人物達は自分のためにしか生きていないのだと思い出さないと。」
宝塚時代、男役として名を馳せた和央氏だが、ヴェルマ同様殺人者であり男を誘惑する女、ロキシーを演じる朝海ひかる氏もまた同じだ。男役か否かはルックスよりも声や性格で決められることが多く、人によっては在団中に変わり、劇団に性別に対する柔軟な要素を持たせることもあるそうだ。
ブロードウェイのベテランであるダンス・スーパバイザーであるゲイリー・クリスト氏は『シカゴ』ブロードウェイ版が海外で上演される時にその国に赴き監修する。今回も日本での数週間の興行が含まれる初日に向けて、一ヶ月にわたってキャストを鍛え上げた。「ボブ・フォッシーの振付は、男性の踊りでも『女性的』、または『ネコ科の動物のよう』であり、これが宝塚には有益です。それよりも、このミュージカル独特のシニカルなトーンを彼女達に持たせることの方が大変でした。宝塚出身者は『欲しい物を手にするために露骨に性を利用する女性』を演じることに慣れていないのです。」と語る。
「彼女達はきちんとして品があり礼儀正しい。それを世の中を厭世的な目線で見るように変えるのは挑戦です。」
 「西洋的な装飾とは裏腹に、宝塚は日本元来の純潔な考えに重きを置いています。」と宝塚のベテラン演出家、三木章雄氏は語る。それは公演を見ても表れており、歌劇団のモットー『清く、正しく、美しく』は団員の私生活にまで行きわたる。
『シカゴ』は宝塚にとって夢見る男性ヒーローが出てこない珍しい作品だ。女性だけの劇団と聞くと、男性の欠陥や愚行を舞台上でさらけ出すのではと思いがちだが、宝塚は男性を描く時に柔らかいアプローチをしている。「男性を、ありのままに表現しない」と三木氏。「男がこうだったら、という姿を描くのです。」
「女性の目線から見た理想化された男性像です。ヒーローたちはよりロマンチックでより素敵なのです。嘘をついたり人を裏切る人物は殆ど登場しません。登場するのは、観客が男性に求めても現実の男性からは得られないものを兼ね備えた男達なのです。」
このアプローチが功を奏し、宝塚には献身的なファンが多い。日本のファン達は今回のニューヨーク公演のチケットを購入し、旅行を兼ねて本番を観に訪れる。ちょうど、サッカーのサポーターがワールドカップに群れをなして結集するような現象だ。宝塚の観客は殆どが女性であり、最も献身的なファンは、自分のお気に入りのスターを舞台に立つようになって間もない頃に選び、何年も追いかけることが多いという。劇場の外で待つ彼女達が身につけているお揃いのTシャツやスカーフによって、お目当てのスターが違うのである。
「ファンがデビューから退団まで、出演者を応援し支えているのです。」と三木氏は言う。「どこか親のような気持ちなのでは。」
ニューヨーク公演ではエンディングに、宝塚で愛されてきた様々な作品のレパートリーから選りすぐりの半ダースもの歌とダンスの楽曲で構成された電撃的な20分のショーが上演される。三木氏が演出したものだ。カラフルな衣裳の色彩は明るく鮮やかで『シカゴ』のダークな世界に対して大きなコントラストとなっているが、光るスパンコールと大きな扇状の羽根は、どちらも、ふんだんに使っている。

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