ブロードウェイミュージカル「シカゴ」
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【ブログ連載#32】狂騒の20年代とフラッパー VOL.2【シカゴ!フォッシー!!ジャ〜〜ズ!!!】 #ミュージカルシカゴ

さて、前々回の「狂騒の20年代とフラッパー VOL.1」からの続きです。 第一次世界大戦時に戦地に向かった男性の代わりに、女性たちは「男の仕事」を行います。それまではアメリカの女性たちは家で専業主婦、もしくは家事手伝い(?という単語はアメリカにはないですが)として生活の中心は主に家庭内でした。彼女たちにとって、外での仕事はとても新鮮。終戦後も働くことに喜びを見出した女性は働き続け、社会進出の第一歩となりました。   [caption id="attachment_1676" align="alignnone" width="300"] 第一次世界大戦時に働く女性[/caption]   もちろんお酒を外で飲む習慣はなく、この社会進出をきっかけにパブでお酒を飲むことを覚えるのです。しかも時代は禁酒法。お酒を飲む場所は地下にあるもぐりの酒場です。刺激的で開放的な環境は一部の女性たちの生活スタイルに変革をもたらしました。   腰を締め付けるコルセットから開放され、チャールストンやシミーなど流行りの激しいダンスが踊れるように、腰のくびれのないストレートなドレスやショートスカートを好んで着た若い女性。ショートヘア帽子、そしてハイヒールが大人気でした。彼女たちは濃い化粧で街を出歩き、もぐりの酒場でカクテルタバコを愉しみます。そう、彼女たちがフラッパーです。   [caption id="attachment_1675" align="alignnone" width="300"] ビーチで遊ぶフラッパーたち[/caption]   フラッパーたちは、過去の縛られた「理想の女性像」から脱却し、自我が芽生えました。流れる音楽はジャズ。狂騒の20年代=ジャズ・エイジにより生まれたフラッパー世代の女性たちは、そんな危険な香りに包まれつつも自由を謳歌し始めるのです。   その自由を掛け違えて殺人と一世風靡した裁判を起こしたのがロキシーとヴェルマのモデルとなった女性たちなのです。シカゴに登場する「陽気な女殺人犯たち / merry murderesses」は(ハニャックを除いて)みんなフラッパーと呼ばれた女性たちです。   さあ、歴史の教科書みたいなってきたので、次回からちょっと方向転換します! (出来る限り)毎日夕方6時に更新!! That JAZZ!!  

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