ブロードウェイミュージカル「シカゴ」
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【ブログ連載#30】狂騒の20年代とフラッパー VOL.1【シカゴ!フォッシー!!ジャ〜〜ズ!!!】 #ミュージカルシカゴ

狂騒の20年代、もしくはジャズ・エイジは期間でいうと1918年から1929年。第一次世界大戦の特需景気に沸き、終戦を迎えたあたりから、その景気に終わりを告げる世界恐慌の始まりまでのアメリカです。この場合で使う「ジャズ」という言葉は音楽を指すのではなく、性的なスラングとして使われていた流れで「狂騒」という意味で当てがられています。「ジャズ」が性的スラングだったというのは「ロックンロール」もそうだったことを考えると音楽と性はいつの時代も関わりが深いと1人納得してしまいます。。。   [caption id="attachment_1661" align="alignnone" width="300"] 終戦当時のタイムズスクウェアの人々[/caption]   ちなみに音楽のジャズは1910年代のニューオリンズ・ジャズから、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコで発展していました。が、あくまでも発展途上の音楽で、俗にいうスウィング・ジャズは1930年代からです。1920年後期に「ホット・ジャズ」を生んだシカゴもジャズの発展に一役買っています。   さて、ジャズ・エイジが背景の有名な作品といえば、宝塚ファンにもなじみ深い「グレート・ギャツビー」(The Great Gatsby スコット・フィッツジェラルド著)。最近もレオナルド・ディカプリオ主演で映画化されているので「あ、あれね」という方も多いかと思います。   例えると、この時代は日本で言うバブル景気ジュリアナ東京で扇子を片手に踊り、タクシーが少なくて万札を振りかざして捕まえる、というお伽話のような狂乱の時代を想像してください。ただ、日本のバブルと違うのは、ジャズ・エイジの時代は禁酒法の時代と重なっていたということ。アメリカでは多くの州で「酔いをもたらす飲料」の製造・輸出入・販売が禁止されていました。政府にとっては酒税収入を諦めた潔くて理想を目指した法律でしたが、実際には違法な酒の流通や無許可製造が横行し、それを取り締まることもできなかったのが現実でした。   特にシカゴは、アル・カポネが牛耳り、各州やカナダとの流通の利便から、酒や麻薬の密輸が盛んになり、それを取り締まるべき警察や政治家も賄賂によって買収されるといった悪循環が続いてました。当時のシカゴ市長ですら買収されていたぐらいです。   こうして社交の場も、お酒が大っぴらに飲めなくなったサロンに代わり、ギャングが経営するもぐり酒場が主流となったのです。   [caption id="attachment_1662" align="alignnone" width="300"] 当時のもぐりの酒場は社交の場となってました。[/caption]   そんな中、フラッパーと呼ばれた新世代の女性たちが伸び伸びと人生を謳歌するようになりました。   フラッパーとは?   ということですが...次回はフラッパーとは関係ない記事(スミマセン)で「18年間!」、 その次に「狂騒の20年代とフラッパー VOL.2」です。   (出来る限り)毎日夕方6時に更新!! That JAZZ!!

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