ブロードウェイミュージカル「シカゴ」
20周年記念ジャパン・ツアー

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WELCOME TO CHICAGO <2> 75年生まれ、2本のダンス・ミュージカル

ブログ連載「WELCOME TO CHICAGO」、観る前でも観た後でも楽しめる、CHICAGOの歴史です!前回の記事はコチラから 2回目は「75年生まれ、2本のダンス・ミュージカル」です。   ================================= 75年生まれ、2本のダンス・ミュージカル さて、フォッシー演出・振付のミュージカル『CHICAGO-A Musical Vaudeville』(ジョン・カンダー作曲&フレッド・エッブ作詞)は75年にブロードウェイで開幕。前述のヴァードンがロキシー役を、『ウエスト・サイド・ストーリー』のアニタ役オリジナル・キャストでもあるチタ・リヴェラ(79歳の今も現役バリバリの大御所ダンサー)がヴェルマ役を、ジェリー・オーバックがビリー役を務めた。自身もシカゴ出身でボードヴィル芸人の父を持つフォッシーがクリエイトした『CHICAGO』の世界は、猥雑でシニカル、セクシーで笑いを誘うショービジネス界そのもの。ヴァードンとリヴェラという2大スターが競演して見せたパフォーマンスも圧巻で大いに話題をさらったが、毒気たっぷりのドラマをコメディー仕立てにした物語は、70年代のシアターゴアーにとって刺激的過ぎた。   この年、『CHICAGO』はアメリカ演劇界の最高の栄誉であるトニー賞で10部門11枠での大量ノミネートを受けたにもかかわらず、無冠に終わる。同じダンス・ミュージカルで、後に15年もの大ロングラン・ヒット記録を打ち立てる『コーラスライン』にあらゆる賞をかっさらわれたのだ。   考えてみると、〈栄光を夢見る、名もなきアメリカ人の光と影を照らした人間讃歌〉という括りで、この2作品はかなり似ている。そう、似ているが観客が受け取る印象は陰と陽のごとく激しく異なる。ベトナム戦争に疲れ果てた70年代半ばのアメリカが、苦難を乗り越えて夢の階段を昇ろうとする『コーラスライン』のダンサーたちに「YES」と言い、嘘にまみれた栄光の階段を華麗に駆け上る『CHICAGO』の悪女たちに「NO」を突きつけたのは、時代の必然だったのだ。『CHICAGO』は『コーラスライン』に遠く及ばない2年半という中規模ヒットを記録し、閉幕した。   (WELCOME TO CHICAGO <3> 「モノクロームの輝き」に続く)  

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