ブロードウェイミュージカル「シカゴ」
20周年記念ジャパン・ツアー

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(3)BOB FOSSE/異才ボブ・フォッシーが見たアメリカ

『CHICAGO』をもっと深く知るための
           3つのキーテーマ ALL WE CARE ABOUT IS CHICAGO  
BOB FOSSE/異才ボブ・フォッシーが見たアメリカ   稀代の天才演出・振付家、ボブ・フォッシー。ほかの誰のものとも似ていない、極めてユニークなスタイルを生み出した彼のダンスについてはまたの機会にし、ここでは彼の人生に目を向けよう。   フォッシーといえば、クールでカッコよくてセクシー!みたいに思われているフシがあるが、決してそれだけではない。退廃と官能、ウィットに富んだ笑い、信念、生の喜びと悲哀……人生のすべてが、彼の作品の中に表現されている。フォッシーのテーマ、それは「苦楽に満ちた混沌とした世界の中で、人生を精いっぱい生き抜くこと」なのではないだろうか。 1927 年にイリノイ州シカゴで生まれた彼は、幼いころから大人に交じってヴォードヴィルのダンサーとしてステージに立ち、ショービジネスと人生の悲喜こもごもが入り交じる劇場の楽屋で、多くを学んでいった。長身のダンサー仲間に囲まれながら、小柄で猫背のフォッシー青年はコンプレックスを武器にダンスの腕を磨き、50 年代以降は数々のブロードウェイミュージカルで振付を手掛け、振付家、やがては演出家として大成していく。   弁護士やマスコミに躍らされながらもスポットライトを追い求める、女殺人犯たちの風変わりな〈アメリカンドリーム〉の行く末を描いた『CHICAGO』(75 年)。本作は、ベトナム戦争の傷跡も深く、ウォーターゲート事件で合衆国大統領の背信行為を目の当たりにするという、アメリカ全体が出口のない迷路を彷徨っていた時代に幕を開けた。この時フォッシーはアメリカへの不信を募らせる一方で、救いようのない社会の中でもがむしゃらに生きようとする、ちっぽけな人間たちの汚れまみれの輝きを心の底から愛していたのだと思う。フォッシー自身、結婚を3度も繰り返したり、既婚者の身で愛弟子と恋愛関係を持ったり、煙草や睡眠薬で身体を蝕みながら、自身の存在理由ともいえる創作に破天荒な生涯の大部分を費やした人だった。答えや正解の見えない世界。それでも人生は続く。フォッシーの生きざまは、現代にも十分すぎるほど通じるメッセージ性を秘めているのである。

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