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シカゴ・クロニクル(3)ボブ・フォッシー登場!

「シカゴ・クロニクル CHICAGO年代記とアメリカン・ヒストリー」 (前回の記事はコチラから) 知っているとお友達にどや顔できる(?)、トリビアな情報満載ですよ。   CHAPTER 3/ボブ・フォッシー登場!   50年代半ばにフォッシーの公私にわたるパートナー、グウェン・ヴァードンがこの映画を見てミュージカル化を思い付いたのは、間違いなくロジャースのおかげだろう。   ヴァードンの願いを聞いたフォッシーは原作者ワトキンスにコンタクトを取るが、彼女はミュージカル化権を頑として売ろうとしなかった。後年、彼女は熱心なクリスチャンに生まれ変わり、スキャンダラスな自作のリメイクを快く思わなかったそうだ。それでもアプローチを続けたフォッシーは、ワトキンスの死後ついに彼女の遺産管理者から権利を譲り受け、ミュージカル『CHICAGO』の創作に着手。75 年6 月に初演の幕が上がった。   ロキシー役はもちろんヴァードン。そして彼女と並び賞される名ダンサー、チタ・リヴェラをヴェルマ役に配した本作は、『CHICAGO』史上初めて、ロキシーと対等に物語を牽引するヴェルマ役を登場させた(原作のヴェルマは脇役。映画「Roxie Hart」には登場すらしない)。「コケティッシュなロキシーVS 姉御肌のヴェルマ」という構図は、名声を求めてすったもんだを繰り返す人間のバカさ加減をクローズアップする絶妙な脚色といえよう。   ところが、70 年代のアメリカはフォッシーのシニシズムに理解を示すほどの余裕がなかった。観客の大半は、『CHICAGO』の1 カ月後に開幕した『コーラスライン』を讃美し、『CHICAGO』は翌年のトニー賞で10 部門11 枠の大量ノミネートを受けながら、『コーラスライン』の影で無冠に泣くという惨敗を喫したのである。   『コーラスライン』の生みの親マイケル・ベネットは、アメリカ政治史上最大の汚点と言われるウォーターゲート事件の聴聞会をテレビ中継で見たのが、すべての出発点だと語っている。「真実はどうした? 真実を見せてくれ!」──そう痛感したベネット同様、自国の大統領が犯した恥ずべき行為と嘘の上塗りに辟易していた観客が、嘘と虚飾を隠しもしない『CHICAGO』の犯罪者よりも、真の姿をさらけ出す『コーラスライン』のダンサーたちに共感したのは、避けられない時代の流れだったのだ。   (「CHAPTER 4/ラズル・ダズルな世紀末」最終回につづく)   [caption id="attachment_493" align="alignleft" width="240"] 1975年初演のCHICAGOのビジュアル[/caption]    

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